『神仏とは人間の魂の働きの事をいう』、これが俺の20歳の時の閃きである。突然俺の頭の中
に出てきた。だったらこんな不運で不幸な俺でも神仏の力がそなわっているという事になる。
そして俺の魂が汚れているから俺は不運で不幸なんだろうと思った。なので俺は自分の魂を綺麗
にしたいと思った。魂の汚れがなくなり魂がピッカピカになったらもしかすると神の領域に入っ
ていけるかもしれないと思った。俺はこの為だけに生きて行くと覚悟を決めた。
その為なら人生などどうなっても構わないと思った。しかしながら全てが手探りの状態だった。
なので俺は自分の魂にたずねた。
神の領域といっても『神様』という特別な存在がいるわけではありません。
俺が24年かけて到達した特殊な感覚の事を『神の領域』と俺が勝手に言っているだけです。
単なる言葉ひとつをとって俺の揚げ足をとるようなことはしないでください。
『この世の真実を教えてください』と俺は自分の魂に念じ続けた。数ヶ月続けたと思うが、
いつの間にか念じるのをやめた。
それからは『我が魂は私をより良い方向へと導いてくれています』と念じ続けた。
これは20~44歳まで続けた。とにかく俺は自分の魂にしか念じた事はない。
聖地なんて興味無いしパワースポットなんてものにも興味は無い。
俺は魂という言葉を使うけど、潜在意識でも良いのかもしれないし命でも良いのかも
しれません。ただ俺が『魂』という言葉が好きだから使っているだけのことです。
単なる言葉ひとつをとって俺の揚げ足をとるようなことはしないでください。
『我が魂は私をより良い方向へと導いてくれています』というのは、汚れた魂を綺麗
にするという意味で念じている言葉です。より良い方向といっても何が良くて何が悪い
のか分からないですよね。でも悪い方向よりも良い方向の方が良いでしょう。
ここで極端な事を言ってしまえば、最終的に寿命が来て死ぬその時まで生きてみなけ
れば人生が良かったか悪かったかの答えを出してはいけないわけです。
例えば不運な事がありました。でもその不運のおかげで次に良い事が起こるかもしれません。
例えば駆け足で走っていて転んだとしましょう。もし転ばずにそのまま走っていたら自動車
にひかれていたかもしれません。
俺だって滅茶苦茶不運で不幸で人生の三割の時間は体の激痛に苦しんだ。
そのおかげで俺はこの世界にのめり込んで行ったわけです。
俺にとっては100億円もらうよりも【悟りの境地に達する法】を実践している方が良いし、
これに勝る喜びはないし最高の快楽でもあります。魂が綺麗になれば自然に良い方向に進むだ
ろうし、そしてもし可能であれば神の領域まで入っていきたいと思った。
だけどそれはあくまでも俺の仮説が正しければの話であって、俺の仮説が正しいかどうか
確認するためにも俺は一生続ける覚悟を決めた。
人間は死ぬその時まで生きてみなければ人生が良かったか悪かったかの答えを出してはいけない。
人生の途中で自分の人生が良いか悪いかの答えを出してはいけない。
願いってものは叶うまで祈り続けるものであって、「一体何時になったら願いがかなうのだろう」
と思った瞬間、すべては水泡に帰するわけです。叶うまで念じ続けるのです。
本当に欲しいものがあるのなら何年でも何十年でも例え今は地獄の様な人生を歩んでいたとしても
祈り続ける。念じ続ける。
人間として最高の望みを持ちたいと思う。それは『神の領域』に入って行きたいという事です。
その為なら俺は人生のすべてを代償として捧げる。人並みの幸福なんていらない。
真理を理解したければ命すら惜しんではいけない。俺はこんな覚悟で生きて来たわけです。
例えば何でも願いが実現するからって嫌がる女を相手に「あの女が欲しい」みたいなのは
ダメですからね。だって相手には相手の自由な意思があるのだから、そういう祈りはダメで
すからね。自分だって好みでない女とはお付き合いできないでしょう。それは相手だって同じ事
なのです。基本的なルールを無視した願いは叶わないという事です。両想いの男女でなければ
お付き合いできないのは当たり前の事でしょう。
無理矢理自分のものにしたところで基本は『幸福』であることですからね。
愛と執着は違うんですからね。相手の気持ちを無視した思いは、それはただの執着ですからね。
与えあう事で愛し合うのがベストでしょう。自分自身を深く深く見つめ直す。
自分はどうなんだろうと自分自身を見つめ直す。自分自身の内面を深く深く見つめ直すのです。
人間は一人ひとり魂を持っている。一人ひとりの魂の状態が違うから皆さん性格や運命が違う
わけです。例えて言えば皆さん全く同じ性能のパソコンを持っているけど、一台一台入っている
ソフトが違っているわけです。そうなると違った性格のパソコンになってしまうわけです。
でも基本的なパソコンの性能は皆同じです。
しかしながら人間の場合はソフトにあたる部分を入れかえるのが中々難しいわけです。